山久
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2009年06月01日:『みつ豆とあんみつの話』


初夏を迎えさっぱりしたおやつが欲しくなります。
涼菓と言えば、みつ豆・あんみつ・水羊羹・葛桜・水まんじゅう・・・

寒天が入った「みつ豆」や「あんみつ」はいつ頃から食べ始めたのですか?

今日のおやつは、もちろんアイスクリームを入れたあんみつで~す!
(あんみつ) 「みつ豆」の原形は、江戸時代末期頃赤えんどう豆に蜜を
かけた子供の向けの菓子だった様です。
※「蜜」と「赤えんどう豆」で「みつ豆」の語源になりました。

寒天の入った「みつ豆」は、1903年(明治36年)浅草の舟和さんが売り出したものが最初だと言われています。
これは、寒天賽の目に赤えんどう豆を載せ、杏・切り餅(求肥(ぎゅうひ)の原形と考えられる)を
加えて、蜜(黒みつ・白みつ等)を掛けたものでした。
舟和さんは、「みつ豆ホール」と名付けた西洋風喫茶で売り出し、大人向けの甘味として好評博した様です。
 求 肥:白玉粉(餅粉)に水分を加え、砂糖と水飴を加えて、熱をかけて軟らかく
      煉り上げて作られる。

1930年(大正5年)には、銀座のお汁粉屋・若松さんが「餡」を載せた「あんみつ」を
発売しました。
※「餡」と「蜜」で「あんみつ」の語源になりました。

その後、大手缶詰メーカーさんから、寒天・フルーツ・豆・糖みつをセットした缶詰の
あんみつが発売されました。

 <資 料>
 ①1804年(文化元年) フランス:ナポレオン皇帝時代、ニコラ・アルベールが
  「ビンにコルクで栓をして加熱殺菌」で保存食品として始められた。
 ②1810年(文化7年) イギリス:ピーター・デュラントがハンダ付けのブリキ缶を
  考案しまた。
 ③1896年(明治29年) アメリカ:サニタリー缶詰(ハンダ付けでない)方式が
  発明された。(現在の缶詰タイプ)
 ④1924年(大正13年) 日 本 :長崎で松田雅典氏が「いわし缶詰」の試作を
  行いました。

1975年(昭和50年)弊社では、寒天賽の目・フルーツ(えんどう豆入)・求肥・小豆餡・
黒みつなど、各パーツを別々に特殊包装を行い加熱殺菌(求肥以外のパーツ)して
仕上げた「あんみつ」を開発して販売開始しました。

 ※山久のあんみつは、小倉餡(北海道産小豆)と黒糖みつ(沖縄産黒糖100%)を
  使用した商品です。(宣 伝)

【関連項目】
 ’06年05月16日 「寒天の歴史」    ’06年06月01日 「寒天とゼラチン・ペクチン」
 ’06年07月01日 「寒天の効能①」   ’06年07月16日 「寒天の効能②」
 ’08年07月01日 「寒天パート⑤」   ’12年07月01日 「心  太」
 ’13年07月01日 「あんみつ製造工程」 ’13年08月01日 「あんみつ組立」
 商 品 案 内 : 「あんみつ」 「寒 天」

<調査員:本社 営業部>